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2010年10月31日(日) |
Seja Ben Vindo Tertulliaテルトウリア 小牧IC R41 |
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おなか一杯、シュハスコChurrascoを食べた。連れていってくれたROBERTOは、仕事で車を転がしていた時、大きなスタンドではこのようなシュハスカリアChurrscariaがあって、食事をしていたという。
串焼きにした肉を持って、かっこいい兄ちゃんが次々にテーブルを回る。食べ放題Rodizioボジージオである。これが、また旨い。いくらでも入るがさすがにギブアップしてしまった。シナモンシュガーをまぶした焼きパイナップルAssardo
Abacaxiを食べて終わりにした。
マンディオカMandiocaはキャッサバ、日本ではタピオカの材料。これで焼いたパン、香辛料を混ぜてパン粉のようにマンディオカをいろんなものににまぶして食べる。旨い。
feijoada, フェイジョアーダも食べた。旨い、豚の頭、豚の尻尾、お豆さんの煮込みスープ。
胃袋を満足させると人はこれほど幸せになれるのかと、懐石料理の精神とは対極にある食い方に堪能した。

そうそう、今日はブラジル大統領の決選投票の日。先週の選挙で、過半数を得られなかったため。名古屋領事館 ↓

食欲は一番の養生。 |
一階は、カーオーディオ・家電・パソコン、食料品店 |
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2010年10月29日(金) |
たんぱぽ |
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この時期の綿毛は西洋タンポポ。

スギナに。ハウスの中を片付けていた。足元に勝手なことしてくれるなと、のたうっていた。さて、この子は誰だろうか。
Chabaはというと、すこしそれるようだ。それでも風が心配、ハヤトウリが落ちないだろうか。ハウスの戸締りはした。ツノナスは収穫した。万願寺とうがらしは、すこし小さめまで採って枝を軽くした。
俄かに百姓を思い出して、台風に備えた。明日はあさから東京キー局はスタジオに集まって、大騒ぎだろう。わが身になっても馬鹿騒ぎはなくならんに決まっている。 |
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2010年10月28日(木) |
7歳以上、哲学するのは、猫か人か。 |
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養老猛司だったか、どこかの本で、子猫が生まれたので母猫の出入り口と、子猫の出入り口の二つを設けたという識者の話をしていた。
本題は、入り口をとってこいと言うと、ドアを取ってきてもポッカリ空いた穴は何だ、という話だった。解剖学で、口腔というのはポッカリ空いた空洞をさして実体ではない概念を指し示すっていう話だったと思う。
それで、写真の猫♀が10才を超えて、7歳以上が要るね(何故7歳?!)って話をしていたら、子猫を飼う事になった。出入り口が二つ要るって話とさほど変わらないなあ、2匹が互いのポリポリを食べてんだから。
でも、言葉で指し示すと何故か判った気になって、落ち着くのは確かだ。「概念と実体」、「行為における区別」、丸ごと受け入れる様は、曖昧さを含んで腑におちるかどうか。
同じような事を、森毅は「微積分の意味」で、形式としての数式、イメージとしての意味、なんて数を巡る哲学を数学という、なんて軽やかに語っていた。 |
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2010年10月28日(木) |
台風14号 チャバChaba タイ語:ハイビスカス |
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朝6時の台風14号CHabaハイビスカス。予報より、少し早めにやってくるのがいつも。30日の日中に滋賀県に最接近ということだろう。
しかし、NHKのニュース、天気予報は、沖縄・奄美地方への影響ばかり言ってる。列島への影響については奄美を過ぎてからなんだろうか。
今まで、沖縄・奄美なんて台風のニュースにならなかった。そっちのほうがおかしかったんだが、先日の災害時の不手際を隠ぺいしたいがために今回は、ニュースの手順を変えているんだろう。ポピュリズムって言われても仕方ないよなあ。
インドネシアの地震、火山火砕流、これもニュースにしない。どのような被害をもたらしているのか、ではなくて、政府や、行政がどのような対応をしているのか、そればかりがニュースになる。結局、ニュース・ソースをそのような組織や機関から整然とあるいはそれらの混乱からしか得られない足腰の弱さ、解析力のなさが露呈しているんだろう。
やがて被害の全容が明らかになるって、全容を把握した組織・機関によってしか情報を得られない報道機関って何者だ?!ってことは自明のはずなんだけどなあ。俺たちが把握した事実はこうだ、ってのが情報機関で、それから「私の真実」を把握する市民ってのが登場するのが健全だと、思うんですけど。
取材・情報収集、アンカーによるまとめってのが、破綻してるんだよ。足腰の弱さ、無定見なスタジオ。
やっぱ、TVを見ない、新聞を読まない、正解なんだな。
台風14号Chaba ハイビスカス情報→(期間限定)http://www.jma.go.jp/jp/typh/1014.html |
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2010年10月26日(火) |
木枯らし1号 |
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隣町、彦根で20.9mの風が吹いたそうだ。寒かったもんなあ。
ウィキペディアから。
木枯らし1号:気象庁では10月半ばから11月末にかけて西高東低の冬型の気圧配置になったとき、北よりの風速8メートル以上の風が吹くとその風を「木枯らし」と認定する。そして毎秋最初の木枯らしを木枯らし一号(こがらしいちごう)として発表する。
台風14号が近づいている。30日か31日頃に来るなあ。 |
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2010年10月26日(火) |
ハブ哄笑注意 |
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だいたいがや、バカIMEで一発変換できない、できないバカIMEを哄笑してやろうか。
咬む傷(咬傷:咬まれた傷 広辞苑1版/1955)。おお、広辞苑だぜ、広辞苑、んなものひっぱりださねばならねば、んお、厚生省出先機関奄美大島保健所さんよ。なんでえ、いまだ、戦前なんかよ、日本中、接吻ものだわいな、噴飯、つい口吻。東京大学医学部解剖学教室からの叛乱。
素直になれんのか、素直に。「今こんなときやからゆうとく、ハブに咬まれなや、」こうや。哄笑一発、咬傷不可変。国語審議会にでもかけるのか、ええ、俵まちこさん、ジャストシステムさん、方言を使うな、ハブに咬まれるなとゆうな、咬傷されるなと言えとでもいうのか、文部省。ばっかじゃないの。
大原村役場だった建物と、バス停、伊吹山。冬空が近い。
一寸順番が違った、シロ猫。3匹は耐えがたいと、連れ合い。
そんなもんよ、運なんて。判ったようで判らん人生、不条理を嘆くより、今をとりあえずやり過ごすこと。何もせずして、次の一手はない。
将棋の名人が言っていた。「勝っているときは、5%有利に盤がなる手まで読んだらそれで、良し。負けているときは、相手がなんやこれ?て考え込む手を見つけ出して、相手のミスを誘いだす」名言だと思う。形勢が逆転するような手なんてそうそうに思いつくわけがない。 |
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2010年10月25日(月) |
がっかり、である |
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サワフタギの実が熟してきた。もうじき紫色になるだろう。
そう思って、以前にUPした写真がどこにあるか探した。おはら野の四季かと思い、探すが見当たらず。あれこれ、どこやと、探したら、2010年8月の日記にのせてある。
どれどれと、HPBの8月を開けたら、エラーを検出したので修正したと、HPBが言う。なんじゃそれ?と、ふと思い出した。以前、随分と以前、2009年10月が文字化けした時も、「エラーを検出したからどったらこったら」、気にせず保存したら文字化けだった。
普通、エラーが起こって修正したら正常になるもんだろ、エラーを修正して文字化けするなんて想像できない。
サーバーに送ったファイルはどうなっているんだと、8月を見に行ったら、見られない。きっとファイルが壊れているんだろう。修正されないままのファイル、つまり壊れたファイルがFTPされて見られなくなっているんだろう。ファイルが壊れるエラーが出たから修正するぞ、結果文字化けしても知らん、と言ってくれ。
エンコードをどうしろああしろというが、メタをどうしろとも言うが、あれこれ、どれどれしている間に、こっちのPCに入っているファイルが、文字化けしているではないか。かなんなあ。
さて、サイト転送をかけたら、きっと、文字化けファイル「2010年8月野良日記」が出てくるんだろうなあ。かなんなあ。
ところで、なぜエラーになるのか、その結果、文字化けになるのか。
それはですね。このWEB日記は、単独のプログラムで、HPB内に書かれたファイルの書き換えを外部から行う。それで、HPBでファイルを開く前に、サイトの再構成を行う。この時にファイルを壊すのだろう。かなんなあ、そうと判っても治し方を知らん、かなんなあ。

2010年8月7日のサワフタギ→
まったく、かなんなあ。 |
縲縲・、・カ・、繧定ヲ九k譎ゅ↓菴ソ縺・い繝ウ繝励・荳翫〒縺・□縺」縺ヲ縺・k迪ォ笙縲∬ソ鷹・√ワ繝翫メ繝薙↓蜃コ逡ェ繧貞・ェ繧上l縺ヲ縺・&縺輔°縺舌l縺ヲ縺・k縲ゅし繝ゥ繧ヲ繝ウ繝峨b縺ァ縺阪k繝、繝槭ワ縺ョ・。・カ繧「繝ウ繝励□縺後・浹驥上r縺ゅ£縺ヲ螟夜Κ・ウ・ー縺ァ閨エ縺阪◆縺・→縺阪↓菴ソ縺」縺ヲ縺・k縲・BR>
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縲縲13 September, 2010
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2010年10月24日(日) |
ジャコウアゲハの幼虫を奇麗、な方へ |
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トリミングで大きくしている、画像が粗い。しかし、奇麗。この奇麗さにはデジタル撮影と、プログラム処理による嘘が塗りこめられている。別に今までの銀カメによる撮影、現像、焼きつけに嘘がないとは言えないので、それはそれでいい。
しかし、実際は、この画像のようにネメっとは光ってないので、まず最初に嘘がばれる。更に、視るモニターによって発色が違うので、嘘が重なる。ウマノスズクサの緑の葉は、実際は別の色である。太陽の下で見える色合いは、光線の通り具合で変わってくる。このように淡く見えることもあるが、ないこともある。
そして、何よりも色とか形は、人の目に経験と経験をとりこんだ教養(素養)によって、実は見え方が異なる。そもそもジャコウアゲハの幼虫なんて、目にもとまらぬ人のほうが多いのではないのか。
とりあえず、液晶モニターのあの色、風合いに馴染めないので、まだ買っていない。人工的な美しさの最たるもので、バカなスタジオで、バカ騒ぎしているバカどもを相手に作られた色をなぜわざわざ見るために買い替えなければならないんだ、とおもっている。テレビやグラビア写真や、ためにする照明の下に並べられた服・化粧品・装飾品を身につけた彼ら、彼女らには、コンビニがお似合いだと、そう思っていないから幸せなんだろうけど、実際に現れたら、やはり見てられない。
ステージのスポット照明に当たった時にもっとも映える衣装を纏っていた淡谷のり子の化粧もステージ衣装の一部だったんだけど、彼女はそれをTVスタジオ衣装でも押し通した所に、偉大がある。 |
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2010年10月23日(土) |
私、私を写せ |
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ジャコウアゲハの幼虫を写真してたら、私、私を写せと、ウマノスズクサをふんづける。ゆうべ、新しい説が出て、きのうのクロシロ・ハナグロとは、1年違いの兄弟ではないのか!!という。確かに、その節はお世話に、説もありなん。
今日は、「川崎や」の所在を確認に行った。長浜・黒壁、すっかり関西の日帰り観光ぶらり旅の名所になった感がする。
この黒壁は私にとっても、恩師が住む町、ご坊さん・大通寺、長浜八幡さんがある中心地にしょざいする、「川崎や」は、40年前と、今が交差する町に変貌していた。
池崎君、今夜のライヴに行けず、ゴメン!
彼のブログ→http://ameblo.jp/ikezakisan2009/entry-10685131979.html
川崎や→http://kawasakiya.web.fc2.com/ |
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2010年10月22日(金) |
田畑見回り隊、庭草班 |
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田畑を見まわる猫♂は、2匹いる。こちらは、家の周りから、庭草~森越~市場在所をテリトリーにしている、シロクロ、ハナグロ尻尾愛興猫♂。
なんだそれって、今我が家にいるシロクロ・ハナグロ猫♀のパパではないか。このパパのパパは、モミ♂。

しばらく猫すわりして、ノビ~ってして、見周りの続きに出かけた。庭草の畑。
もう一匹は、森越~近戸町~本市場在所をテリトリーにしているシロクロ♂。 |
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2010年10月21日(木) |
台風13号、フィリピンを縦断して、中国南部に接近 |
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台風情報(期間限定)→http://www.jma.go.jp/jp/typh/
便利。居ながらにして世界の情報が取り出せる。しかし、その情報は報道というフィルターがかかっている。
ルソン島に上陸し縦断した台風13号は稲作地帯を直撃したようだ。この台風13号はその先の秋雨前線を刺激して奄美大島に記録的豪雨をもたらした。
雨の前、鳴き始めの咽喉をふくらませて、さあ鳴くぞと。
カエルくらいか、雨宿りにハヤトウリの葉に出てきて待つのは。
書きかけ |
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2010年10月19日(火) |
10.24 このままでええの?!日本と世界 反戦・反貧困・反差別共同行動
in 京都 滋賀から連帯の表明 |
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2010年10月18日(月) |
食い気に勝る、養生はなし |
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毎年、柘榴の実がはぜると思う。この埒のいかん実を食べると、食い気という得体のしれぬ衝動はなににも代え難く、ただ生きてて良かったあと、ため息がでる。夏に、毎日スイカを食ったのはつい昨日のように思われ、「スイカの種はペッペッペ」なるスーパーの店頭のBGMが、「柘榴の種はペッペッペ」に置き換わるも哀れなりけれ。
ザクロ:ザクロ科 ザクロ属 地中海沿岸カルタゴ、トルコ、イランからアフガンなどサバンナ・ステップ地帯が原産と諸説がある。
いづれの地が原産であれ、古代ギリシャとフェニキアの戦い、ローマ・カルタゴの戦い、ペルシャ帝国、オスマントルコ、現代のイスラム・キリスト・ユダヤの宗教の名を借りた争奪戦、血にまみれた歯茎のごとくの実を齧ると、ペッペッペとコマーシャルにとどまらない相克を経ねば食せないかの威厳をみる。 |
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2010年10月17日(日) |
8℃、寒くなったもんだ。 |
2010年10月17日 米原(マイバラ) |
北緯: 35 度 23.0 分 東経: 136 度 20.6 分
標高: 147 m |
時刻 |
気温 |
降水量 |
風向 |
風速 |
日照時間 |
時 |
℃ |
mm |
16方位 |
m/s |
h |
1 |
10.7 |
0.0 |
静穏 |
0 |
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2 |
10.6 |
0.0 |
静穏 |
0 |
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3 |
9.7 |
0.0 |
静穏 |
0 |
|
4 |
9.6 |
0.0 |
静穏 |
0 |
0.0 |
5 |
9.2 |
0.0 |
静穏 |
0 |
0.0 |
6 |
9.0 |
0.0 |
静穏 |
0 |
0.0 |
7 |
8.7 |
0.0 |
静穏 |
0 |
0.0 |
8 |
11.4 |
0.0 |
静穏 |
0 |
0.0 |
9 |
14.7 |
0.0 |
静穏 |
0 |
0.2 |
10 |
16.6 |
0.0 |
北西 |
2 |
0.3 |
11 |
17.0 |
0.0 |
北西 |
2 |
0.3 |
12 |
18.2 |
0.0 |
西北西 |
1 |
0.2 |
13 |
19.8 |
0.0 |
西北西 |
2 |
0.7 |
14 |
20.6 |
0.0 |
西 |
2 |
0.9 |
15 |
20.9 |
0.0 |
北西 |
3 |
0.8 |
16 |
20.0 |
0.0 |
西北西 |
5 |
1.0 |
17 |
18.6 |
0.0 |
西北西 |
4 |
0.0 |
18 |
16.3 |
0.0 |
北西 |
1 |
0.0 |
19 |
14.5 |
0.0 |
西北西 |
1 |
0.0 |
20 |
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21 |
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22 |
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23 |
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24 |
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10℃を切った。涼しいを通り過ぎて、朝はさむい。

寒くっても飛行機は飛ぶ。南西に向かった、珍しい飛行経路。中部空港からのチャーター便か?飛行機が物珍しい、おはら野の空。自衛隊機が時折編隊飛行する、そちらのほうが毎日。ただ、どっからどこが判らない。

近所に、コスモス畑が現れた。気温が下がって色が鮮やかになった気がする。
コスモスと伊吹山、新幹線。それと飛行機。
名神だって北陸道だって走ってらい、おらが村。東小は休校、西小は廃校、新設??小。いじったあとがありありだけど、中山間地の限界集落か、米原市は。こんないい方は酷かもしれんが、若い子が、この町で子育てしようと言う気にさせない雰囲気がある。
さあ秋から冬へ、おはら野は駆け足。 |
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2010年10月16日(土) |
イモ、むかご、種。ウ~ン |
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イモのつる、ムカゴ。ではなかった、扁平な実をつけている。中の種は、風に乗って飛んでいける形をしていた。
東近江市にある「河辺いきものの森」にピクニック。そこで見たのは、里山保全活動団体「遊林会」
ヤマノイモ:ヤマノイモ科 ヤマノイモ属 ヤマノイモ ツル性多年草、日本在来種。いわゆる自然薯、三つの稜に分かれた種子をつける。
ナガイモは、同じくヤマノイモ属になるが、17世紀以前に日本にもたらせた栽培種のヤムイモの仲間。 |
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2010年10月14日(木) |
にゃ~んん |
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うちの子やったら、夜遊びせんとちゃんと帰ってき。
一晩、にゃ~んとよんだけど返事が無かった。息をひそめて裏口がガタゴトいう風の音を聴いた。どうやら小屋で寝ていたようだ、にゃ~んと出てきた。
さむうなかったんや、心配するやん。良かったあ。
でも、恋だの愛だの、人(猫)生だの思い煩うようになったら気まま猫になるんだろうなあ、子鉄。

チリ、クリご飯で待ってるで、良かった、良かったで始まった14日の朝。 |
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2010年10月13日(水) |
うろん |
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広島のばば達からうどんが届いた。東広島市西条町は酒処。
東広島市 ≪2010酒まつり≫趣意書 →http://sakematsuri.com/syuisyo.html
のんべは飲みに行く。酒は飲まんとお断りしたら、うどんが届くようになった。旨いのである。栗を貰って、クリご飯の準備途中に、「風呂いかな」スイッチが入ったらしく、炊飯器のスイッチが切れたそうだ。
朝目覚めて、急きょうどんになったそうだ。「ご飯やで、はよ起きてき」コールがないなあ、って思っていたが、そんな事情があったそうだ。あしたはクリご飯、かな。食欲の増す季節はなにかと、旨いものが続く。
昔、しょっつる鍋がどったらこうたらと賀状を寄こした友人がいた。それで、はたはたを食わしてくれるのかと訊ねたら、ええやろ、と返事した。愛嬌だったそうだ。
それで、魚醤に興味をもった。若狭にはひしるがある。この「いしる」は能登地方の魚醤で、イカの塩漬けを発酵させたもの。うどんが朝に出た、夕食に鳥とサトイモの煮ころがしが出て、イカの風味がした。「サトイモは、イカの風味がするなあ」、「なにゆうとん、イシルで煮たんよ」
今のキレイキレイ、清潔気分には似合わないが、魚や肉の匂いを発酵食品で、風味に変える文化風土は、ドスコイ健在だ。ジジババ好みと言われようが。
ぶっかけウロンの出汁にカツオブシや昆布もええが、イシル・ひしるの類も捨てがたい。
連れ合いが愛嬌を見せた一日であった。 |
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2010年10月12日(火) |
コンニャク芋はなんとも形容しがたく、、、 |
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しまうのに邪魔!って切ったら、ピンクの芽を切ってしまった。去年は、出たばかりの芽を切ってしまって育たなかった。このコンニャク芋は、充分肥大しているので食べるからいいようなもんの、2年目、3年目芋なら、、思うに残念なことに。
他の写真も載せて、奇怪なコンニャク芋を解き明かそう。テンナンショウ科の生態は奇怪・面妖を通り越して摩訶不思議な生態を見せる。
明日以降になる。 |
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2010年10月11日(月) |
子葉がない。 |
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子葉がないやっちゃ。どこかのページに誤字があって、「しようがない」が子葉がないになってる。どこだったか、、、。
庭草の畑、カヤに穂が上がった。(10月10日、時折、伊吹しぐれ) このカヤは、敷き草にとても良い。ハウスに近いから、積んだり運んだりの手間が少なくて済む。 |
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2010年10月9日(土) |
終日、雨 |
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雨なんだから雨。気象台、午後5時の解析雨量。なんだかんだと秋の仕舞をやっている。昨日は、念願の野焼きを済ませた。
近頃は、田畑で野焼きをすることは、例外的に認められているかのようで肩身が狭い。焼畑や野焼きは、農耕・農業の一つの方法なんだが、産業廃棄物の不法投棄や、野焼きも同じ単語・言葉で定義されているもんだから、どうも説明的になって困る。
とんでもない面積や量の草・木を燃やすにあたっては、消防署に事前に知らせておくくらいの協力はしようが、一山くらいの野焼きを、、、まあなんとも、、、。ちったあ乾いた日に焼きたい、すると出来る日が減る。
今年はよく降るのか、去年を見に行った。去年も1週間おきくらいにまとまった雨が降っている。
気象統計情報→(滋賀県)→(地点選択 アメダス米原)→こちら
2009年 →10月→ 2009年10月の日ごとの値の表示
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↑解析雨量・降水短時間予報:近畿地方 |
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2010年10月8日(金) |
じゅっぱち宣言 |
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たぶん寒くなったから、すじ状のアントシニアンが出たんだろう、遅咲きの高砂百合。
最近、思う事なんだが、「種を播いて、草を引く」、これは文化なんだと。種を条播き(定植するのも)にするのは、その後生えてくる草を引くこと(除草)が当たり前の栽培方法だからだ。「条播きと除草」がセットになった農耕文化なんだと。
それでいくと、自然栽培・自然農法から、肥料と農薬で作る慣行農法(栽培)まで、「条播きと除草」のセットで行うのは、同じ農法なんだと。福岡氏の、「耕さない、草を引かない」農法を別にして。彼の農法は根栽農耕文化に近いのかもしれない。
イモを中心にした「根栽農耕」は穴をあけてイモを植える。ここには耕す・草を引くという作業や考え文化はない。ヨーロッパなどの「麦栽培」を主軸にした農法・農耕は「バラ播き農法」にも草引き(除草)はない。文化レベルでは。どちらも効率、能率の観点から、除草剤をまくが基本的な考えには、生育途中の除草はない。
慣行栽培から、有機・無農薬、自然栽培まで、この「条播き・除草」の文化・思想の上に成立させる農耕・農法をひとまとめにしよう。
一方の、地中海沿岸からアルプスを越えた、ヨーロッパに、除草がないのは、栽培期間と気候から、除草しなければならない草が生えない、作物の下草になってしまって除草の必要がない。そんなところだろう。
キャベツやカブなどアブラナ科の作物が、この地帯では、ムギなどと競合せずに柔らかい野菜として育つ。それを亜熱帯に近い日本に持ち込むと、荒剛な葉にともすれば育つ。そしてそのような夏作物と同時に手強い夏草が育つ。従って除草がついて回る。
致し方ないにしろ草とともに作物を育てる、草生栽培・共生の道を歩もうとすると、日本において、「草引きをしない」とは文化との戦いに一方でなる。
草一つない畑を目指す人からみると、私の畑は「草ぼうぼう」である。梅雨頃から、10日に一度、ハンマーナイフで草を刈り込み、株の中の草を手で刈った。芝生のように短く刈りこんだ間に作物を育てるやり方を試してみた。そしてこの刈りこんだ下草がそのうちに肥料になるだろうと考えた。
さあ、その先に見えるものは。ただひとり我ゆかん、、、、、。
「資本と経営の分離、経営と農場の分離」、これが産業革命と時を同じくした欧米の農業革命だった。
その典型が発展途上国のプランテーションだと思う。地震によって露呈したハイチの現状がそれを物語っている。社会的なインフラのないコーヒー栽培プランテーションは現地の農業を破壊しつくした上に成立していた。同じようなことは、ケニアのバラ栽培プランテーションでも起こっている。中国・インド、ウクライナなど、先進国資本と民族資本がまだ一体化していない国・地域ではそのヘゲモニー争いが過酷さを増している。パキスタンやバングラデシュなど、そのどちらもが農業の主導権を握っていない国や地域では、膨大な国土におけるインフラ整備が行われていないままに、自然災害に翻弄される農業の域を脱していない。
金融資本の植民地アメリカは、一見その民主主義的な装いの中で、プアホワイト、不法移民の扱いを巡る問題のように取り扱われるが、先の金融ショックで判るように、膨大な中産階級に対する金融不安が、そこに投資した資本の引き上げによって壊滅的な打撃をこうむっている。そうした中でのアメリカ農業の不安定さに対して、牛肉相場(ほとんど穀物飼料相場と同義)、穀物相場、ワタ相場など農産物の金融取引商品の価格維持とその防衛以外にたいした政策はない。
そのアメリカに対し、膨大な田舎を抱えるヨーロッパにおいては、地方都市・農村の再生産にかけるコストが、農業への投資として行われず、国の制度として行われている。日本的な文脈では「持続可能な農業」だろう。
日本国内での農業政策が、この資本と経営の分離、経営と農場の分離と無関係に成立するなんて、それはお伽噺、ナロードニキに過ぎない。農家に対してお茶を濁すような甘言がもう通用しないことは、中国が日本への農産品の輸出を、食料・食品輸出ではなく工業製品の輸出と同じように「日本仕向け品」と取り扱われている現状を見れば、逆にその意味も判ってこよう。
日本では、経営と農場の分離すら起こっていない。一定の要件を満たす農業法人による「農地の取得」が可能になった。それとて、農地とは大概の場合、水田をさす。そのいきつく先は農家の「小作化」であって、農家=農場経営者と農事従事労働者への道はほど遠い。農場経営者と資本との分離など、まったく見えない。私は、そのような分離・隷属関係を良しとはしていないが、そのような道筋さえ見えない。一足とびに、アメリカ的農家への道へ進むのかもしれない。 |
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2010年10月6日(水) |
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二機飛んできて、上空で大きく旋回して帰っていった。?どこから?どこへ??
伊吹山の東から飛んできて、戻っていった。小牧が近いし、小松や舞鶴に向かうのもいるし、うん。地べたはR365や広域農道をいったりきたりしている。 |
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2010年10月3日(日) |
じゅっぱちの花、金木犀 |
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10.8の花、金木犀。おはら野に移住して、真っ先に植えた花。10月の声を聴くと匂ってくる。
1967年10月8日、羽田。高校2年生の秋。朝日新聞、サンデー毎日、文芸春秋が家にあった。それで垣間見た世界に、三派全学連がいた。いいじゃないか、この世界を獲得するために。TVを見ながらのマクルーハンでもあった、じゅっぱち。司馬遼太郎、山田風太郎を知ったのもこの三紙誌。
チェ・ゲバラが死んだのは、じゅっぱち。連れ合いが金木犀を愛しむように、じゅっぱち。世界を我が手に、じゅっぱち。
ゲリラ戦争ー武装闘争の戦術/エルネスト・チェ・ゲバラ
五十間忠行訳/三一書房/1967
原題:Ernest Guevara LA GUERRA DE GUERRILAS(1960)
ゲバラを語る時は、フランツ・ファノンとレジス・ドブレにも言及しなけれなならないだろう。 |
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2010年10月2日(土) |
すっかりおさまっている |
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日陰なんで、まだちらほらの彼岸花。前回、出かけたのはいつだったか、206cc。
大江戸歌舞伎はこんなもの/橋本治/筑摩書房/2001
このような本を読むときは、幸せなときである。「わかられないこと」を前提にしたような、この本はそのまま橋本治ワールドへ連れて行ってくれる。
近代の意味を、江戸時代に遊ぶことで見つけ出した、そう言っているみたいだ。しかし、立ち止ってしまう。周りはと見回すと、そうだよなあ、とこの先にインスピレーションの湧く人がいない。なぜってこの本は、私にとって踏み台だから、この先で遊びたいから。
面白い本です。
日本語には、名詞的に使われたり動詞的に使われたりする、言葉がある。
この「大江戸歌舞伎はこんなもの」に書いてある。何ページだったか、どんな文脈だったか、それはさておいて。
さて、これを置いて措いて、私はこう使う。
昔、履歴書や自己紹介なんかで、「趣味は?」なんてのがあった。私はどうもこれが嫌いだった。
趣味 ウイキペディアから引用:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%A3%E5%91%B3
趣味(しゅみ)は、以下の二つの意味を持つ。
- 人間が自由時間(生理的必要時間と労働時間を除いた時間、余暇)に、好んで習慣的に繰り返しおこなう事柄やその対象のこと。道楽ないしホビー(英:hobby)。
- 物の持つ味わい・おもむき(情趣)を指し、それを観賞しうる能力(美しいものや面白いものについての好みや嗜好)のこと(英:taste)。調度品など品物を選定する場合の美意識や審美眼などに対して「趣味がよい/わるい」などと評価する時の趣味はこちらの意味である。
このウィキペディアの趣味の定義をそのまま使うと、余暇に行う道楽、ホビーに、読書やレコード鑑賞、映画鑑賞があるのか。私の「読書」や「レコード鑑賞」は、生理的必要性に駆られて繰り返し行っている所為なんですけど。また平気で労働時間内に本や音楽を聴いていた。でなければ仕事にならなかった。物事の一つも知らないで、仕事ってできないじゃありませんか。
趣味が良い、とか、趣があるとか、風情とか景色・気色とか、そんなの観賞しうる能力が必要だったり、能力の差で測ったりできるものだろうか。いいものはいい、駄目なもんは駄目、なんてほとんど直観だったりするから、それの説明とはまた違うと思う。
ここで、ウィキペディアの定義が正しいとか、間違っているなんて議論しようと、引用したのではない。まずまずこの定義が、世間一般に流通している内容だとおもうし、このようにネットを開けて見ている人なんだから、リンクを開ければ、辞書を探しに行くより便利だから、そうしたまで。
趣味が名詞的に使われたり、動詞的に使われたりしているのに、気づかれたかと思う。ある対象に向かう行為(動詞的)なのか、行為の行われることが余暇に行われたら趣味になる対象(名詞的)なのか、まだ具体性を持たない総称を指し示す語なのか。
どっちゃでもええやんという、身も蓋もない返事には答えようもないが、意味が二つあるのではなく、現実世界から少しの距離をもった、あるいは持たせた極めて個人的な世界を指し示すのではなかろうか。ただ、現実側からの要請は「二つの意味」を示してはいると思うが。亡私・没頭の世界にそうそう入られては困るという。
というわけで、本を読むという行為の結果を書き記すページをはじめようか。
すでに、音楽(レコード・CD)を聴きながら、のページがあることだし。
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2010年10月1日(金) |
夜露 |
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夜温がさがるようになって、夜露がきびしくなった。チカラシバの穂にたっぷりの夜露。北野の畑

少し盛りが過ぎた彼岸花。森越の畑、畔際。
隣の八幡さんの境内にもたくさんの彼岸花が咲いている。茎が上がってくる前に最後の草刈りをして、この花が終わって、葉が伸び、球根が充実する春のお彼岸過ぎに、また草刈りを始める。愛でるとか、環境・景観保全に努めるとか、熟語で語る前に、四季のサイクルの中でホットやすらぐ気持ちがあれば、可能なことだと思う。
年に何回かの八幡さんの境内の草刈りもそのようなサイクルで行われている。 |
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