園長の野良日記  2011年 2月

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      2010年11月     206cc的ツアー、R303、R417  紅葉を愛でに、ドライブ
      2010年9月      藤原新也の公式サイト→ 「インド放浪」以来、それなりに読んでいる藤原新也のインターネット上のURL
      2010年1月〜     新グラウンドの候補地を市場・夫馬地先に決定されたことに反対します
      2010年1月       1995年1月17日午前5時46分阪神淡路大震災
      2009年9月 6日   浜名湖サーキットツアー       編集中
      2008年9月30日   206cc的旅行              淡路島・鳴門、瀬戸大橋、牛窓  サツマイモ・ラッキョ
      2007年
        沖縄にひめゆりの塔は無かった  2006年   ごうや

  たつ園長は野良日記を綴るけど、毎日綴るとはならない。龍 隆たつたかしは
おはら野農園の園長だが、すぐ畑仕事を投げ出してしまう。その投げ出し、はみ
出た日暮しを野良日記に綴っている。
  つまりそんな読者の期待に応えようとしている訳だ。ペンネームと間違えられ
る本名とはそういうものだ。

  
2010年10月。本を読む、というページを作ります。  →本を読む 
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                          2009年10月、2010年8月、9月が文字化けしている。危うく、2010年10月も文字化けするところだった。
壊れるファイル
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2011年2月27日(日)
雛祭り
  お内裏さま、三人官女、他に色々。桃の花、ぼんぼり、アンパンマンの雛あられ、女の子のお祝い、お祭り。全部、説明しきれない。う〜ん、知らないんだ、改めて知る。

  三代の梅が活けてある。う〜ん、説明を聞いてもすら〜っと入らない、知らないんだ。つまり、すら〜っと出てくる教養がない階級なんだ。向上心とか、上昇志向がないってことか。


  帰ってきたら、見てみてという。昨夜から狙っていたカヤネズミを咥えて、ふふ〜んと得意なんだ。こちらは判る。
2011年2月26日(土)
夜のハンテング
  昼間だと細い眼が、きっと開いて丁度良くなるんだろう、げっ歯類をハンテングするのに。哺乳類の進化の原点。

  ところがこのデジカメ、フラッシュが炊かれて写るんだけど、モニターにはどこにいるのか皆目判らない。進化すると、太古の起源を見失うようだ。CCDの最初の目的が赤外線を使った暗視カメラだったのにイ。猫♀に負けた。

  昔、昔といっても一寸前まで、ソニーのホームビデオ・カメラは中国・ソ連など共産圏への輸出禁止品目だった。少し、赤外線よりにバンドを変えたら、充分暗視カメラになった。
2011年2月25日(金)
蚊ブン症
  水仙の花芽が、もう咲いてええか、と伸びている。

  昨日、こたつから立ち上がったら、眼の中に、糸くずがのたうった。勢いよく水の出るホースのように飛沫を飛ばした。あれ??!
  暫らくすると、ブ〜ンと蚊が飛ぶ。空を見ると、ブ〜ン、蚊が飛ぶ、ヒバリが群れる?ン?ヒバリ。ネット検索部隊が「飛蚊症」を探し当てた。近視の私の眼は老化したようだ。ブ〜ン、ブ〜ン蚊が飛ぶ、スズメが群れる。
  ほこりまみれの雨の後の水滴のようにドーナッツのようなこびりついた飛沫が空を舞う。猫は頭をゆすってはいけません、年寄りの眼は切れやすいようだ。もうこれ以上おとなしくじっとしようもない・ほど、仕事していない。のに、きっと、確定申告の書類作りをさも私がやったかのごとく書いたからバチがあたったんだ、ぶ〜ん、ブ〜ン。私が作成したのではありません、なんでもできる連れ合いが、「ふんふん、私ってなんでもできるんだ」
2011年2月24日(木)
確定申告は「別表四の一」を提出することなり
  昔、仕事で「確定申告書」の作成をしていたことがある。お仲間が、同時期に申告するので、どったらこうたら税務署との付き合い方を雑談していた。そんとき、要は「別表四の一」を提出することに尽きる、という結論を得た。所得を確定するために収入から支出を引く。その結果を「別表四の一」に転記する。その他はその過程を税務署にとって判りやすくすることでしかない。

  ぜ〜んぶ自分たちで作り上げて、「これでええか、よかったら判押して」と税理士に頼んだ。税理士は「判押す以上、確かめねば」と、ああたらこうたら調べる。ならばその費用は、勿論顧問税理士に見合った報酬を渡す。ならば、ぜ〜んぶ税理士さんにまかせればってことにはならない。
  その結果、申告のための「どうたらこうたら」が身につく。大学というところには経済学部や商学部がある。大学生協の理事や監査役には、この学部の教授たちがなる。その教え子が「会計士」や「税理士」になる。学問としての税務と実務としての税務が交錯している。

  それで、今は自分で「確定申告書」を作る百姓をやってる。自分でやっているからって、黒字が赤字になったり、赤字が黒字になったりする訳がない。ありのまま、作る。ごまかすと碌なことにならないのは、世間通りである。
2011年2月23日(水)
ん、「70年安保」をお悩みの方へ
  「70年安保」の後遺症でお悩みのあなたへ。
  あなた、あなたですよ、時代の只中に居ながら無縁だったあなた。時代を感じられなかったあなたであるから、後遺症でいまだ、亡霊に取りつかれているんですよ。

  と、ここまで読んで意味ワカメとお思いの方、私の卒業した県立彦根東高校の同期生達が、いまだ、否いまだに小市民的盛り上がりで群れている。そのような輩が「私たち」という時、「・・たち」の中から「わたし」を外しておいて欲しいと願っている訳だ。そう、「あなた」は「わたし」を代表なんかしていないと、思い知っておくべきでしょう。
  そんなあなた”達”だから、「その後」って波に乗って、今の馬鹿馬鹿しさの”只中”にいて、「釜の中のカエル」をヘーキでいられるんでしょう。

  今日の世界的混迷と殺戮で倦んでいるのは、当時も今も、市民的安楽を求める、あなたのその「すきま風の吹く脳」から生まれたんですよね。市民主義者!消えてなくなれ。

  金持ちクラブの冬の遊び”ダボス会議”で描いたシナリオが、そうお手軽に実演される訳ではないが、北アフリカ・地中海、アラブ諸国の火種に火を付けた。利権の再分配。

  新自由主義の矛先がそっち向いたってことでしょうが。もう一方は、経済回復した中南米諸国を使って、”TPP”アジア市場の穀物を商品作物投機対象へと転換せしめようとする動き。”喰い物”としての食物は欧米ラインでがっちり押さえこんで(自給分は確保した上で)、新植民地投機穀物の世界的流通を企んでいるんだから、食料自給率や、国民的主食”米”では勝てんわな。


  某辻博史すきま風・脳天気父さん、迷惑メールは送らんでくれ。
2011年2月22日(火)
今日もヒバリが、
  きょうもヒバリが、かけのぼっていく。私、私はここよ、その小ぜわしい鳴き声と同じように羽ばたいてかけのぼっていく。声を聞いて、カメラを取り出し、ズームしてファインダーを覗く頃には、写真のように点になってる。

  こんな空
2011年2月19日(土)
雨水
  何枚も写真して採用されなかった一枚。ネズミを追いかける猫♀。目はネズミを追いかけていない。

  動体視力は得意だけど、見つめる視力はないんではないか。ネズミが動くまで反応できない。それより、舌。べロ出してるやん。


  見つけてしまった。べロ出し猫♀。かわいい。
2011年2月18日(金)
カエル
  明日は雨水。空から降るものが雪から雨に変わり、雪が溶け始めるころ。

  昨夜の雨は14センチの雪をすっかり融かした。3月6日が啓蟄。ハウスの中は暖かく、カエルはウトウト眠っているだけかも知れない。ゴソゴソ、ハウスの中をいじっていると、”迷惑や”とカエルが動く。

  連れ合いは、味噌の仕込みに出かけた。独りだと中々できないもんだが、誘ってもらうと、よっこらしょと”カエルの眼ざめ”る。

  さあ、今年の眼ざめ。随分とのんびりした話だがこれくらいが私たちには丁度良い。時間を金で買う時代は過ぎた。金で買うほど老い先は長くない。”土に還りなさい”ほど、切なくはない。夢食って生きる漠ほど若くない。そんなところだ。
2011年2月17日(木)
ひらめく
  思いつく、写真を入れる。書く、この順に日記を書く。すぐに本題に入る時のほうが少ない。うだうだとキーを叩いていると、なんとか文章になっていく。
  ワープロが50万円を切ったころ、キャノンのワープロを買った。PCを使ってワープロを使う人たちが現れた。半角カナ英数の時代から、全角単漢字変換から熟語変換になりつつあった頃かな。
  書体が汚い、行間も字間も汚い、原稿用紙のマス目に印字せよなどと馬鹿云う人が多数だった。日本語タイプライターのように、清書機のように思っている人が大多数だった。PCを使って文章を作る人も、これまた原稿を書いて清書していた。

  キャノワードのモニターは白地に黒文字という画面だった。それで、選んだ。フロッピーデスクを入れて立ち上げ、第二水準の漢字を入力するには、フロッピーを差替える、という飛んでも無い時代だった。その頃から、キーボードに向かってぶっつけ本番の、つまりキーを叩きながら文章を思いつく、適当に思いついた文章を入力して、ざっくり書き挙げたところで、組み変えていく、推敲や、校正に手間取らないのがワープロのよさだわ、そう思っていた。
  従って、文の変換は、文節変換で充分、連文節変換なんてだらだら長く文を思いつく人にしか用はない、そう思っていた。
  今はローマ字変換をしているが、一時期はオアシスの親指シフトを使っていた。カチャカチャ2ストロークのローマ字入力より、手数が少なくて良かった。大体がジスキーボードにむりやりキーを割りつけて使うなんて馬鹿馬鹿しかったのもある。今も親指シフトのキーボードがあるんかな。「親指シフト」開発者の書いた本がある。それを読むと、「親指シフト」が単なる「入力方式」の違いではないことが判る。

  そもそも、ワープロっていうけど、ワードプロセッサーの、文章を作りだしていくのに、日本語ワープロはなっていない。キーエントリーが楽なソフトでしかない。その辺りの進歩・進化はぜんぜ〜ん無い。

  一太郎の生みの親は、今国語審査会の委員になってる、国語とか、文章を紡ぐとか、意味を文章に折り込んでいくとか、そういうことのできる人たちがこの審査会のメンバーに入っているとは思えない。精々が法律やお役所の文書係の域でしかないんだないか。それだったらワープロと云わずに、「ぶんしょかかり」とか、「ひしょかかり」でええんでないのか。猫にだってできる。
  橋本治がどこかに書いていた。文章を作るのが私の仕事だから、里佳子、利佳子、理香子と変換していただく必要はまったくない。大坂、大阪、逢坂も必要ない。地名、人名を作りあげるのが作家の仕事だア、って。そんなもん、ぶんしょせいしょかかりの仕事じゃん。と。

  写真をまず入れるのは、写真から連想する、文が生まれる。1行30文字位で折り返したいから。このレイアウトは40文字程になってるから、それで読みずらい。読みやすい文章とは、冒頭の数ワードと結語の数文字を見て、大方の文意を読み誤らない、そんな文章を云う。
2011年2月14日(月)
今日の本
  安吾史譚 /坂口安吾 /河出文庫 /1988.2

  さて、何から書きだそうか。


  彼らは都を追われて逃げた時の順路を逆に、常陸を発し、ウスイ峠から信濃をすぎアルプスを大坂ノ峠で越えて都へ馳せつけた。p61-柿本人麿

  さて、ウスイ峠は判る。”大坂ノ峠”だ、判らんのは。で、ググル、ようやく見つけたのが”大坂ノ峠は、今は十三墓峠と云われている”、なあんんだなんだが、十三墓峠をググると。バイク界の巣だった。それで、歴史散歩にならない。

  都落ちがこのルートで、都へ馳せつけるのもこのルートだと云うのは、ここに物部氏族の多くが住んでいるってことで、兵・糧の調達がこのルートを選ばせるってことだろう。
  出雲・香住・若狭、敦賀・福井・新潟などから山中に分け入って住んだって歴史の上にあるんだろう。美濃・飛騨を太平洋から山に入っていくって考えるかどうか。

  常陸・香取鹿島から上州、碓井峠、佐久・上田・山越え松本、そして飛騨高山へ出て、美濃へ。北近江まであとわずかだ。
  美濃の出口、美濃赤坂・国分寺跡に出かけてみたいね。

2011年2月13日(日)
うっすらと、雪
  雪の中から姿を見せるブロッコリー。雪焼けで先が溶けて、まあ喰える。

  毎日喰う分の野菜くらいは、あっち掘ったり、こうして頭を刎ねたりで困らない。

  毎日、すこしずつ、ホームページを整理している。思いついた時に、PCを立ち上げていじっている。思いつくまでが時間のかかることで、どうしょうかな?と自分のHPをあっちいったり、こっちいったりしながら、へえぇ、こんなことがあったんだなどと立ち止っているから、進まない。

  写真がどこにあったかな、なんてハードデスクを探すのも面倒になってきて、HPを手繰って、プロパテイをみて、この辺!と見当をつける。ついにはそれも面倒、とコピペしてしまったり。

  そう、画像を貼り付けて、おもむろにページを構成している。文章からイメージを生むんじゃなくて、画像からイメージを引っ張り出して、文章を作る。

  今だと、ブロッコリーの写真が生み出したイメージから文章が出来て行ってる。

  昨夜、久石譲の番組があって、「メロディ、リズム、ハーモニー。ミニマム・ミュージック」なんて話をしていた。納得する部分が多かった。「風の谷のナウシカ」が25年前の作品だっただなんて、えらい昔の作品だったんだな、子供たちと何回みたんだろう。もっとも回数の多いビデオの一つだ、ドラえもんと同じで。
2011年2月12日(土)
風雪注意報が出ている
  風雪注意報が出ている。猫♀は、ほんまかい、と外をうかがう。



  三島池の猫も、ほんまかい?




  昨夜から、また雪かい、南雪は重いからなあと、そこそこ覚悟してるんですけど。
2011年2月11日(金)
オオイヌノフグリ
  愛嬌な名前をもらっている。イヌノフグリ。花の姿ではなくて、その実の形に由来する。ハウスの中で一足先に咲いている。くるんと裏返して実の止まったのを写真した。
  フグリに似ている、確かに。オオとか、イヌとかは草や木に付けられる枕詞のようなものだから、ずばりフグリ。

  など散歩と称して、ハウスで遊んでいる。


  雪は南雪、大坂や西日本は大雪になって、阪神高速や阪奈道は通行止めだそうだ。
2011年2月10日(木)
やれやれ 二つ目
  やれやれ、半日かかってしまった。ぼちっと整理整頓しておかねばと、ホームページをいじっていたら、FTPがうまくいかない。あれこれ、どれこれ混迷・混乱に至る。

  どこで、いつどう触ったのか、新しいサイトを構築してしまっていた。それで旧サイトからFTPをかけていたようだ。それとて定かではないが、新しいサイトからFTPしたら、でけた。
  この辺が、マニュアルを舐めてかかってマニュアルを読まないでいる私の限界かもしれない。

  気晴らしに三島池の”かもさん”を見に行った、隊列を組んで、エサか?と寄ってくる。
2011年2月8日(火)
やれやれ、またやってもた
  直したばかりなのに。−7℃超えてたもんなあ。ハウスの水道。

  割れた。割った、割ったんです。きちんと水を抜いておけば、防寒しとけば割れないし、安いエンビで補修したし。

  割った、と認めよう。
2011年2月7日(月)
種まき、、
  もう10年以上、いろんな種をまいている。こないだも種屋さんに行って、「もう、この人は、一杯種買ってくれやるんよ。種袋持ってレジにきてくれやるけど、もうこないだの種、まいたんかいな」
  「まだやが、まだ欲しい、あれもこれも全部欲しい!」
  「播いてからにしい、」  「でも欲しい」

  そんなんで、種は連れ合いが管理することになった。
  「あるがな、誰が種まいて育ててるんと思てるんや」


  ←実から取り出したカラスウリの種。今年播く種を整理している。カラスウリの番になった。
  カマキリの頭みたい。打ち出の小づちみたい。財布に入れておくと招福なんだそうやて。
  ほうなんや、財布に残はない。

  カラスウリの花は夜咲く。スズメガが舞いよる。去年は、懐中電灯の中に、眼を赤くして、そう、ナウシカみたいに飛んできた。

  おはら野の四季 →おはら野の虫たち、草花に載せるアイテムやけど、そっちはただいま整理・整頓中やよって。とりあえず、こちらへ。
  そんなんで、「農園のあれこれ」のページの「整理・整頓」は、もっと先、ずっと先。
  唐朱瓜:スズメの鉄砲やカラス瓜より、唐の朱のほうが風情があってよろしい。カラシュウリ
2011年2月6日(日)
ほうらネ
  ほうらネ。落ちたでしょ。笑える、ぎゃはっは

  雪掘りキャベツ。雪が無くなるまで待てなくなった。エイ、ヤッと見当をつける。
  ほうらネ。
2011年2月5日(土)
穴、あいてる
  「先生、おこりよるねん」

  「部室の壁に、穴があいてる」、「あいてるんちゃうやろ、誰やあけたんわ」
  「バスケシューズで足跡つけてたら、あいた」、「誰が、壁に足跡つけいいううたんや」
  「壁に挑戦してたんや」。  「アホ」

  ふふふ、ツンツク、うふふ。「まだや、落ちん」、尾根伝いに、、、


  用水に雪落としはじめたら、帰ってこん。 ギャハハ









  「大変!!」
            なんや







   「一寸きて!!チューリップが」




    猫♀がかじったか??!!


  「ストーブでひらいてもた」


     戻らんと思うけど。

     昨日、花瓶にさしたのに、、、→


  ハウスで作ってたら、ああと言う間に開いてしまうやろなあ。やってられんなあ。
  花農家さん、ご苦労さまです。
2011年2月4日(金)
立春、スイッチが入った。
  正月から咲いてるんですけど。玄関が暖かくないと、ちと気分も出んし。

2011年2月2日(水)
春の虫

canon G-12
  これかなあ。2月中旬に各社新製品を出す。それまで、考えるのよそう。


どれも43,000円ほど。3万以下になれ!!!!、、。

派遣切り以来キャノンはなあ、、、。この中で一番でかくて重い。いかつい。銀カメ時代からキャノンの私だが、節操くらいすぐ替える。

パナソニック。ファインダーが外付け別売り、2万円。馬鹿にしないでよ。
  もう少し角がとれてまあるくなれば、、、。

とするとニコンか。でも、この画像をトリミングしようと思ったらファイル形式がどったらと言う。
  かなんなあ。

  ファインダーがあること。
  ポシェットに収まって軽いこと。
  マクロに耐えること。そこそこズーム

  世間の潮流の狭間にこれら機種はあって、一眼と薄型の中間になってる。

  世界標準を獲得するぞ!、、。いえ、私の欲しいものが標準であって欲しい、せつに願う。

  はあるよ来い、はあやくこい。


    nikon P-7000

panasonic LX-5
2011年2月2日(水)
  家で一番寒い寝間のツララ。−7.2℃まで冷えた朝。連れ合いが家の周りを見て歩く。
  玄関、人が訪ねたとき、落ちてきたらあかんと、ツンツクする。他は、見てる。落ちるのが可笑しいそうだ。待てずに落としていることもある。うふふ。私には可笑しみがわからない。こればっかりは、こみあげるものがないと、わかんあい。

  奥はわづかに残っている”おはら野”雑木林。先代あたりまでは、人は競って杉・ヒノキを植えた。母屋は三代置きに建て替える。その時の造作の木になる。間伐材は、あいまの改築、補修に使われる。

  いまはそんな時代ではなくなった。三代に一回っていうのも、明治以降の話ではないかな。人が誰も自分の家を持てる?時代になったのって。農家の次男坊、三男坊が町の丁稚奉公に出たり、寺の小坊主になって、読み書き・そろばんや行儀見習いを覚える、というのは、口減らしも意もあったろう。

  近江商人の繁栄は、この丁稚奉公にあった。リクルートした坊主たちの中で、「いけるで」って奴を番頭や婿にとって、そうでなければ「おまはんには、町の暮らしは向かん。田舎で百姓しながら本宅の世話してくれるか」などと、いって体よく追い返す。決して、我が子に”天秤棒”を担がせて商売の厳しさを教えたわけではない。それは、明治以降の安定の世に、「我が子を、店の跡継ぎに、」と変わってしまったからだろう。大坂の「なにわ人情」や大店の話が面白いのは、役に立たない息子が巻き起こす騒動・事件で、どれも他愛のない話ばかり。そして、そのような、町屋の世話ものと、大名の御家騒動を重ね合わせて、楽しんだ。「不倫とスキャンダル」、今になってもタイガーウッズ、クリントンの「世話もの」が可笑しいのは、そんなところだからだろう。

  政治家のスキャンダルや、体たらくを嘆く人がいるが、ようやく政治家が世間に追いついた。世間並みにまでなったってほうが、判り良いんではないか。
  だから「感動」や「興奮」をもたらすスポーツや観劇が、ローマのコロシアムのように、妙な見世物に落ちたって事情も理解できるんだないかな。観客席で、ワーワー騒いでも、「ほな、わしもいっちょう、ライオンと組んでみよう」って闘技場に降りないもんな。
2011年2月1日(火)
おおさむ。二月
  朝の座敷、4℃。ホームページのあちこちを月次の更新、ほとんどが着き替わりに伴うサイト内リンクの変更。中心がこの「野良日記」、過去のページに行くと、うまく戻ってこれない。そんな時は、「Home」に移動してくださいね。
  このファンヒーター、1日置きに灯油を入れている。使い過ぎや、そう、炊き過ぎ。

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