園長の野良日記  2011年 12月    ファイル 2011

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   原発はいらない! 反戦・反核・反原発・反貧困・反差別  ←おはら野農園の取り組み 2011.3.11 

      2011年5月     若狭の海 /姫野洋三&おじさんアンサンブル  忌野清志郎 /RCサクセション 他 →準備中
      2010年11月     206cc的ツアー、R303、R417  R303~徳山ダム 紅葉を愛でに、ドライブ
      2010年9月      藤原新也の公式サイト→ 「インド放浪」以来、それなりに読んでいる藤原新也のインターネット上のURL
                 2010年1月~     新グラウンドの候補地を市場・夫馬地先に決定されたことに反対します
     
                 2010年1月       1995年1月17日午前5時46分阪神淡路大震災
     
                 2009年9月 6日   浜名湖サーキットツアー       編集中
                 2008年9月30日   206cc的旅行              淡路島・鳴門、瀬戸大橋、牛窓  サツマイモ・ラッキョ
                 2007年
        沖縄にひめゆりの塔は無かった  2006年   ごうや

  たつ園長は野良日記を綴るけど、毎日綴るとはならない。龍 隆たつたかしは
おはら野農園の園長だが、すぐ畑仕事を投げ出してしまう。その投げ出し、はみ
出た日暮しを野良日記に綴っている。
  つまりそんな読者の期待に応えようとしている訳だ。ペンネームと間違えられ
る本名とはそういうものだ。

  
2010年10月。本を読む、というページを作ります。  →本を読む 
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                          2009年10月、2010年8月、9月が文字化けしている。危うく、2010年10月も文字化けするところだった。
壊れるファイル
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2011年12月26日(月)
80年代、私はどこにいたのだろうか
  忘れていた大雪。ハヤトウリの支柱がペシャンコになった。

  この年末年始は、「80年代、私はどこにいたのだろうか」をテーマに、80~90年代に読んだ本を読み返してみようと思ってる。上にもあるように、去年の10月頃に同じようなことを考えている。しかし、「3.11」は悠長に余生を送るための読み返しなんぞを願っていない。つまり、40年振りに現実世界がまったなしで迫っている、若い人たちにゆだねる部分も多いだろうが、「全員参加」を要求されてるんじゃないのか。

  40年前と時代が違う、同じこともあるだろうが違い、ここを押さえること。

  - 書きかけ -
2011年12月19日(月)
2011年の記録をつくろうかと、、、、

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  8月9日、敦賀・白木浜から見たもんじゅ、12月11日、
  大阪御堂筋、原発いらん!女子でも・だれデモ。

  今年もあと10日ほど、年賀状がいるのかなあ、HPの載せた写真から1年間を振りかえるって企画もいいなあ、毎月1枚、12枚で収まらない。整理整頓のできない性格がこういう時、困る。
  なにも困っていないからダラダラ12枚を選んでもいいし、「おはら野四季」から、農園の作業記録から、ママと猫な毎日から、などなど、自分で作っているHPながらあちこちのページを開けて写真を眺めている。
  眺めていると、なんかしらあれこれ思ってしまって、手が止まる。


  とっかかりは、この2枚かな。
  あまりに日常、その日常が取り返そうにも戻って来ない、40年間だというのがつらい。左翼活動家に”元”を付けて”元活動家”ってしてみたところで、じゃあその40年を取り戻せるのか。
  「ママは原発!いりません!!」って衝撃は、4月9日の「周辺住民の避難拡大!脱原発への転換を!4・9緊急大阪集会(美浜の会)」に参加して、改めて納得した。福岡に、関西に避難してきたママ・パパたちの行動は、3.11以前に、「廃炉アクション」など地道な活動の結果であって、突然の転換・展開ではないことを知った。3.11福島事故に直ちに反応したその理由がそこにある。
  そして、「そうなっては困る、駄目だ」の活動が、「そうなってしまった」を受け入れるところから、それは混乱だろうし、混沌に身をおくことでもあろう。この当事者性は、自責を乗り越えて次に向かう。悪いのはあいつだだけでは済まないし、「正しく怖がる」には「なにいってんのよ」であろう。

  「ほらみたことか」の言説が飛び交うなかで、「じゃあ何してきたの」だけで終わらない、「3.11以降の世界をどう生きるのか」の問いを内包しながら、『(12月14日) 未来の世代は、私たちに聞くと思いますよ。あの時お前は何をしていたと ・自分のできることはやったと言いたいんですね 小出裕章(TOKYO FM)』に込められた、何をしてきたか、何が出来ずに終わったのか、できたこと、できなかったことを未来に託す作業じゃないのだろうか。


  1年を12枚の写真に切りとる作業は、そんな自問とまだ見ぬ答えを抱き合わせている。
  

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2011年12月15日(木)
80年代、私はどこにいたのだろうか
  科学的方法とは何か-浅田彰・黒田末寿・佐和隆光・長野敬・山口昌哉著/中公新書/1986

  山口昌哉(数学者)と長野敬(生物学/生化学)が何を言ってるのか知りたくて求めた。物理学が数学を伴侶に、物理帝国主義的蛮蝕が進行する中、異議を唱えた人たちの足取りが知りたかった。
2011年12月6日(火)
俄かに、昔の左翼活動家に戻ってもしゃあないよなあ。そんなんで12月
  ボリジがどんどん大きくなる。寒くなって大きく育っていくように見える。彼の生育適温なんだろうな。

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