桜の森の満開の下/坂口安吾/講談社文芸文庫/1989所収(初出「肉体」1号/1947)
-坂口安吾選集第6巻/講談社(全12巻)1982底本
桜の森の満開の下:
桜の花の下は怖しいと思っても、絶景だなどとは誰も思いませんでした。・・・/桜の花の下から人間を取り去ると怖ろしい景色になりますので、・・・/能にも、・・・桜の林の満開の下へ来かかり見渡す花びらの陰に・・・/桜の花の下に人の姿がなければ怖しいばかりです。
花の季節になると、旅人はみんな森の花の下では気が変になりました。・・・/それで鈴鹿峠の桜の森の花の下を通過した途端に・・・
このように物語ははじまる・・・・
桜の森の満開の下です。
・・・ラスト ・・・・
そこは桜の森のちょうどまんなかあたりでした。四方の涯は花にかくれて奥が見えませんでした。日頃のような怖れや不安は消えていました。花の涯から吹きよせる冷めたい風もありません。ただひっそりと、花びらが散りつづけているばかりでした。彼は始めて桜の森の満開の下に座っていました。いつまでもそこに座っていることができます。彼はもう帰るところがないのですから。
桜の森の満開の下の秘密は誰にも分かりません。あるいは「孤独」とうものであったかも知れません。なぜなら、男はもはや孤独を怖れる必要がなかったのです。彼自らが孤独自体でもありました。・・・・
坂口安吾の特有の女性観はさておいて読み進めると、桜、林、森、花、満開、下この繰り返しが時の流れを止め、偏在を一点に押しこめていく。
そして、その花びらを掻き分けようとした彼の手も身体も延した時にはもはや消えていました。あとに花びらと、冷たい虚空がはりつめているばかりでした。
彼固有の送り仮名と、かな漢字交りが、戦中・戦後の呼吸、戦前にかいま見せたものを見せてくれる。ワープロ変換はこの文体に合わない。また、巻末の解説・年譜は私の感じるところではない。別だろ、と言いたい。
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